
日傘ねこ
私たち家族の形が変わった日。
朝8時頃、珍しく父からの着信。
電話に出ると、
お母さんが歩かれへんって言ってる。
救急車を呼んでいいのか分からん。
悪いけど、来てくれへんか?
急いで着替え、自転車で実家へ向かう。

電動自転車なのでめちゃ早。
母は1階リビングの
コタツに座っていた。
両手を膝に置き、
頭を下げ、ずーん状態。
どうしよう、足が動けへん。
痛いとこある?
全部痛い。
例えば、足とか腰とか。
腰痛い。
足も痛い、痺れてる。
喋っているので、
脳では無さそう。
手は動く?
手は動く。
救急車呼んで。
意識あるけど、救急車呼んでいいのか?
と若干迷いながら119へ掛けた。
電話で何を話したのか、
どんな順番だったのか思い出せないが、
すぐ来てくれることになった。
その間に、
母のマイナンバーやお薬手帳
上着、オムツなどを鞄に入れた。
救急車のサイレンが聞こえる。
救急隊の人が家に入り、
母をストレッチャーに乗せて救急車へ運ぶ。
靴持ってきて下さいと言われ、
母の靴を救急車へ乗せる。
父もほぼ歩けないので
私だけ付きそう。
後で知ったが、
母を持ち上げようとして
父はぎっくり腰になっていた。
救急車の中で
救急隊員の質問。
生年月日や名前、
今日が何月何日か母に聞く。
ちょいちょい間違えながら答える。
私も母の誕生日は知ってるが、
何年生まれで、何歳なのかはわからん。
そして、
いつから足が動かないの?
痛いの?
どこが痛いの?
いつから痛いの?
そんなことを聞いていた。
母は、認知症もあり、
聞かれたことに、きちんと答えることができない。
例えば、
いつから歩けなくなった?の質問には、
ずっと前から腰が痛い。全部痛い。
足が動けへん。
お父さんに○○買ってこいって言われてうんぬん。
関係の無い話を始めて、
いつから歩けなくなったのかの答えは言わない。
そういうやり取りが続き、
私が分かる範囲で答える。
母はいつもそうだった。
質問には答えず、
それにまつわるエピソードを延々と話す。
私は母のそれに、
長年ものすごくイライラしてきた。
実家へ向かおうとすると、
予期不安がでて息が苦しくなる。
母からの電話やメールが来ると、
動悸がしてみぞおちがグーっと固くなる。
母と関わるすべて嫌だった。
だから私は、自分の身体がおかしくなった5月から、
ほとんど実家へは行っていない。
最近の母の状態を知らない。
ただ、2日前に実家へ行ったばかりだったので
その時の様子は分かる。
2日前母は、歩けていたが、
腰がすごく曲がった状態だったことを伝えた。
ジェスチャー付きで。
認知症?
はい。
要介護?
と聞かれるも、分からん。
とりあえず、マイナンバーだしてと言われる。
後で分かったのは、
母は要支援1だった。
その時は、
要支援と要介護があることも知らなかった。
病歴を聞かれ、
胃ガンの手術をしたことを答えた。
いつ頃か聞かれたが、何年前かはわからんなぁと思っていたら、
母が4年前と答えた。
そこは分かるんやな。
他にも色々聞かれたが、
最近の母について私はほとんど答えられなかった。
この日は1月2日で、
どこも病院は休み。
整形外科で受け入れてくれる総合病院が1つあり、
そこへ搬送された。
診断の結果、
緊急性は無く、腰椎の一部が少しずれているという。
説明を聞いたが、
先生の話が頭に入ってこない。
とにかく、
今日はこのまま帰宅。
痛み止めを処方。
おそらく2~3日でマシになる。
月曜日に
どこでもいいので整形外科を受診する。
これだけは、覚えておこう。
廊下の椅子に座って待っていると、
車椅子に乗った母登場。
コタツに座っていた時のような
悲壮感は無い。
コルセットを付けていて、
付け方を教えてもらう。
とりあえず、お会計するまでの間に、
先生に言われたことを母に話す。
半分くらいは伝わっている感じがあった。
そして、お会計。
2万位するかと思ったが、
6000円くらい。
お安し~。
健保の8割引のパワーすご。
処方箋が出て

うわ、今日薬局休みちゃうん。
と思ってたら、
病院内に薬局があった。
セーフゥ~。
さすがに、
痛み止め2日間無しは可愛そすぎる。
さてと
どうやって帰るん?
救急車で帰るのは無理よな。
てことは、タクシーやな。
介護タクシーか
普通のタクシーの選択になった。
母が介護タクシーは高いから
普通のタクシーにしてと言う。
よくわからなかったが、
普通のタクシーを呼んだ。
入り口にタクシーが来た。
車いすをタクシーまで押して行き
母の脇に腕を入れ
後部座席に運ぼうとする。
痛い痛い。

無理じゃね?
でも、やるしかない。
ゴメンやけど、
我慢して。
何とか後部座席に座らせ
車いすを返却。
タクシーの中で考える。
タクシーから、玄関まで行けるかな?
母が座ってる方を
実家向きにするため、
タクシーはバックで路地に入ってくれた。
運転手サンキュ。
ピンポンを鳴らし
父にドアを開けてもらう。
ガレージのシャッターを開け、
さっきの要領で母の脇に腕を入れて持ち上げる。
母が軽くて良かった。
そして、

次からは介護タクシーにする!と決意。
痛い痛いと言う母を
何とか玄関にまで運び座らせる。
あとは、這ってリビングに移動してた。
たくましいぜ。
とりあえず、
母の布団類を2階から階段下へ投げる。
リビングの隣の和室に
布団を敷き、折りたたみ机などを設置。
母は寒がりなので、
エアコンのスイッチオン!
電気毛布オン!
父はその間、
雑煮を温める。
座ることは出来るので、
雑煮を食べてもらう。
その後、母から
2階のあれを持ってきて、
これを持ってきての嵐。
体力無いので、階段つらいw
一番大変だったのは、
オムツの交換。
バスタオルを敷いて、
パジャマズボンを下ろす。
パジャマズボンの下にも
スパッツみたいな肌着を2枚履いてるし、
靴下も数枚
レッグウォーマーも。
どんだけ履いとんねん。
と思いながら脱がし、
ビニール袋へオムツを入れ
新しいオムツを履かせる。
もう、体力と筋力の限界に来ていた。
しかし、この時まだ昼。
母がお世話になってる
Aさんが来てくれた。
入院させて貰ったらよかったのに。
ほんまや。
ダメ元で入院出来ないのか聞けばよかった。
でも、もう遅い。
後日分かったことだが、
家の前で救急車に私と母が乗ってる時に来てくれたらしい。
その時、ぎっくり腰のお父さんを支えて玄関まで連れて
お父さんも一緒に救急車乗って診てもらいと言ったら、
大丈夫と言って父は断ったらしい。
Aさんめっちゃ、頭回るわ~。
Aさんは、
介護認定やり直してもらい、と言った。
介護認定?
これも後で知ったことだが、
Aさんが包括(地域包括支援センター)やケアマネさんを紹介してくれたらしい。
玄関でAさんと立ち話をしていたら
母がハイハイしながら玄関に来た。
母は、尿漏れについて熱く語った。
Aさんは、母を励ましつつ対応していた。
さすがAさん。
包括の方にAさんから、今の母の状態を連絡し
介護認定再認定の話もしてくれることになった。
正直、包括が何なのか、
ケアマネって誰?状態だが、よろしくお願いしますと任せた。
その後一通り片付けを終え、
自分の家に一旦帰る。
実家に長期滞在は無理だと判断。
何故なら、吐きそう。
右わき腹と、おへその右側が痛い。
便秘による痛みだろうか。
そろそろ浣腸の出番だ、
と思っていたのだ。
遅い昼ご飯を食べ、
夕方、再度実家へ向かう。
私は車に乗れない。
電動自転車大活躍!
待たせたな。
早速、母のオムツ交換。
待っていたようだ。
母は不安が爆発していた。
私の頭はおかしい。
何も分からん。
今何をしようとしたのか、分からん。
お父さんご飯食べてた?
薬飲むん?
いつ?
ご飯食べた後?
水飲んだら、トイレ行きたくなるから飲みたくない。
お父さんがオムツにすればいいって言って変えてくれへん。
ずっと、しゃべる。
ずっと、ネガティブをしゃべる。
いつものこと。
母の呼吸が早くて浅い。
つられないように気をつける。
とりあえず、
天井を見て深呼吸。
目は合わせないように。
メンタル持って行かれてしまう。
お父さんはぎっくり腰で
オムツは変られへんねん。
父は元気やったとしても、
オムツ変えるわけないやんと思いながら、
母の背中をなでる。
とりあえず夕飯食べよな。
まだ昼ご飯食べてない。
美味しいやつ?
温かいやつにしてな。
昼ご飯は食べたし、
注文多いなw
父はテレビを見ている。
タバコくせぇ、酒くせぇ。
もう、吐きそうw
母の部屋に夕飯を運び、
食べ終わったら、薬を飲ませる。
洗い物をして帰ろう。
○○ちゃん泊まってくれるん?
無理無理無理~。
死んでまぅ~。
また明日朝くるからな。
父に明日タバコ買ってきてと頼まれる。

だっるぅ~。
と思いながらも、
銘柄が分からんのでタバコの写真を撮る。
しんど~。
まじで、しんど~。
仕事行って介護してる人すご~。